兄の事 Ⅰ


私には年子の二人の兄がいました。 私は3人兄弟の3番目です。

一昨年、長男・次男が2ヶ月の間に相次いでなくなりました。

何時の日か、二人の兄の事を文章に残しておきたいと考える様になりましたが、中々書く事ができませんでした。


次兄が亡くなった日の夜、亡くなった部屋に置いてあった読みかけの本に私は目を留めました。

その本は岩波文庫の「中原中也詩集」でした。

中原中也詩集 (岩波文庫)

中原中也詩集 (岩波文庫)

次兄はこの詩集が好きで、よく読んでいたそうです。

本には栞がはさんであり、その詩の内容は私もよく知っていたものでした。

汚れつちまつた悲しみに……


汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘(かはごろも)
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……


次兄は、今で言う学習障害児で計算が苦手でした。 小さい頃から勉強についていけず、中学を卒業してすぐに水道配管工になりました。

算数や理科は苦手でしたが、日本史や文学に興味を持ち、昔から亡くなるまで本を毎日の様に読んでいました。 

結婚もせず、恋人もいませんでしたが、唯一本が恋人の様なものでした。

私は一人、中原中也の詩を読んで、その日初めて泣いてしまいました。

何故かはわからなかったけれども、次兄のココロの中が少し見えた様で悲しかったかもしれません。

次兄が亡くなって二日後の葬儀には、棺の中に「中原中也詩集」を入れておきました。

もちろん、栞をそのままにして…