ともだち100人できるかな?


先ほど食器を洗っていたら、不意に思いついた事があったので、書いておきます。
頭の中に浮かんだ事なので脈絡が無いかもしれませんが、そこはご勘弁を。
 
「ブロガーがブクマを欲しがる事と、ツイッターのユーザーがフォロワーを増やす事と、うごメモのガキンチョが自分の作品にスターを要求する事は、全て同じではないかという事。
ニコニコ動画youtubeに投稿する人も同じかも。)
つまりは誰かに認めてもらいたい人が、今の時代余りにも多いんじゃないかと、ふと気づいた。
誰かと繋がっていたいけど、自分の個性はアピールしたいという矛盾した考えを持ちながら、今の日本人は生活しているのだろか?
 
wikipediaによると、こういった欲求の事を「承認欲求」と呼ぶらしい。

承認欲求(Wikipedia)

承認欲求(しょうにんよっきゅう)とは、他人から認められたいとする感情の総称である。

人間は他者を認識する能力を身につけ、社会生活を営んでいくうちに、「誰かから認められたい」という感情を抱くようになる場合が多い。この感情の総称を承認欲求という。承認欲求は、主に子供や何らかのハンデを抱えている人々などの社会的弱者、劣等感に悩んでいる人間、そして情緒が不安定な精神病患者や人格障害者に強いという傾向がある。その反対に、自閉症などの他者とのコミュニケーションが難しい、あるいは既に承認されたという経験があるので、それ以上の承認を必要としない人間は、それほど強い承認欲求を抱えない。以上の理由から、承認欲求は先天的な欲求ではなくて、対他関係を学習する過程で育まれる後天的な欲求である可能性が高い。

承認欲求は承認されたい対象によって、おおむね2つのタイプに大別される。ひとつは他人から認められたいという欲求であり、もう1つは自分の存在が理想とする自己像と重なるか、あるいはもっと単純に今の自分に満足しているか、という基準で自分自身を判断することである。前者を他者承認と呼び、後者を自己承認と呼ぶ。劣等感の強い人間や、情緒不安定な人間は自己承認が困難だったり、あるいはその反対に過大な自己評価をしがちであることは、よく知られている事実である。また、思い込みが強い人間や被害妄想に囚われている人間の中には、幻想の他者を造り出してしまうために、自分が他者承認の問題であると思っていても、実際には自己承認の問題であるという錯誤がしばしば発生する
 
(以下略)


承認欲求を巧みに利用したサービスが、これから先伸びるサービスであり、承認欲求が満たされないサービスはいずれ衰退してしまうのではないか?と 思った。
という事は、承認欲求が満たされていない「人力検索」は早晩滅びるサービスじゃないのか? と考えた。
人力検索における承認欲求というのは何だろうか? 「ポイント・質問者からのコメント・いるか…」 色々ありそうだが、今の人力検索には足りていないものだ。
今まで質問者を上位に持っていく事で運営が成り立っていた人力検索。 もはやその仕組みは崩壊寸前である。
ここは一発、回答者優遇策を近藤氏に求めていくのは、これからの展開として面白いんじゃないかと一瞬思ったのだが、不毛な展開になりそうな予感がしたので、妄想のレベルで止めておこう。」
と思ったところで正気に戻った。